ジョンスメドレーを発注してからゴッホを見てきた

大阪でジョンスメドレーを発注してから

ゴッホを見るために兵庫県立美術館に行ってきた
この美術館は初めての訪問
ゴッホ展というから展示されているのは全てゴッホかと思っていたが
オランダ時代から印象派、アルルと影響をうけた画家や創作活動した土地など
ゴッホの人生を順に展示説明した展覧会だった
「ゴッホとその周辺展」くらいのタイトルなら文句もないが
ゴッホの作品は少なかったのがやや残念だった。

兵庫県立美術館はモダンな建築ではあるが
来訪者にはやや冷たい不便さが気になった
エッシャーの絵みたいな階段があった。

美術館の建物よりイイナと思ったのが
美術館の山側にある
神戸市立渚中学校

同じデザインの棟が3つ並ぶ美しい建築は
バウハウスという文字が浮かんだ
ファサードも素晴らしい
渚という校名がまた素敵ではないか。

奈良の土塀

奈良へ行くとと瓦を埋め込んだ土塀を見る
これが趣きがあり好きです。
東大寺 
三月堂 二月堂をあとにして戒壇院へむかう
東大仏殿道
そして戒壇院手前の土壁は垂直方向の瓦と瓦の間隔が広い土塀がある
これは珍しい。
長い年月で変化してゆく形と色が良い。



瓦の土塀と漆喰の土塀が交わる
処理の仕方が面白い
補修した漆喰というのもキュビズムの絵みたいで興味ぶかい。

薬師寺東塔水煙

西ノ京の一番目的は薬師寺東塔水煙を間近で拝見すること

一昨日のお昼前のTVで知る
むくむくと「見たい」という願望が膨らむ。

薬師寺東塔の解体修理は約百年に一度
水煙の本来の場所である塔の上
遠くから仰ぎ見る存在だからそれでも良いが。
この白鳳美術の最高傑作のひとつを
眼前で見れるなどとはとても思ってはいなかった
この機会を逃すと絶対生きているうちに眼前では見られない
そんなわけで近鉄電車で西の京を訪れたのだった。

なんと近鉄西ノ京駅ホームに薬師寺の石碑があった。

血湧き肉躍る案内板

水煙はこんな工場みたいなところで展示されていた
写真撮影可能でした。

同じ会場に飾られていた檜と千年前の鍛造の和釘

薬師寺

大好きなのになんと43年ぶり
これはどういうことだろうか?
正倉院展へは何度か行っているので
東大寺、興福寺、新薬師寺は何度か訪れている
要するに日帰りの奈良行きだからである。
登大路、高畑へゆくと西ノ京や斑鳩までは行けない
一泊すると解決する簡単なことなのに
大好きな西ノ京は43年ぶりになってしまった。

43年前の薬師寺は東塔と再建された金堂と東院堂と鐘楼だけのだだ広い印象だった。
西塔は礎石だけがあった
実は西塔を拝見するのも初めてです。

43年の間に講堂、食堂、回廊が再建され
白鳳時代にはなかった玄奘三蔵院まで建てられていた。
自分の奈良離れ薬師寺離れを反省する。
43年前の1976年に金堂は再建されたので、当時は本当にピカピカだった
昨日はその煌びやかさが少し落ち着き43年の年月を感じた。

高田好胤さんが偉かったのでしょうが
薬師寺がとてもお金持ちのお寺という印象になった
元々が国家予算をつぎ込んで創建されたお寺ですから
本来の姿に戻ったのかもしれません。

奈良仏教彫刻の最高傑作薬師三尊は金堂が再建されるまでは仮設住宅みたいな粗末な建物に置かれたいたのですから。

桜がたくさんあったのに驚く。
薬師寺はこんなに花のお寺だったのか。



H氏の檜造りの家






島内で親しい建築家H氏が
自宅を新築された。
平屋の木造
注目は淡路島檜の構造材と伝統的な竹木舞の土壁。

僕は数年前から平屋住宅は良いなと思うようになった
H氏がどういう形にされるのか
とても興味がありお邪魔した。
モダンな檜造りといった家。

大工さんの職人仕事のあらわれるディテールが
とても好きなんです。

福良の民家

今日は福良へ行ってきた
福良は家々が町全体で真っ直ぐ建っているという印象が以前からある
大工の腕か地盤が硬いのか
湊とも三原とも違う様式
興味をそそる家が多い。

蔵と住居がつながっている家
蔵の屋根の上に住居の屋根がある
これは住居が後から建てられのでしょうか?
接合部は複雑
木の扉が良い雰囲気
蔵の破風は漆喰のエッジと曲線
壁水切りのアールも繊細で素晴らしい職人技

壁は漆喰に斜めの格子状のヒビ
鉄窓扉は対角上にリベットが打たれている。